<今回のアメリカ大陸横断のバイクの旅の目的>  
@永年の夢であったアメリカバイク旅行とルート66走行  
A未探訪の北西部の
イエローストンや中部グレートプレーンズの景色満喫  
B欲張ってアメリカ大陸を横断  
C以前に住んでいたノースカロライナの家や友人を16年ぶりに訪問
Dアメリカ映画の撮影ロケ場所探訪  

<それを今 選択した理由>  
@勤続30年での特別休暇を10日間取得でき、ゴルデンウィークを足すと3週
 間の旅が可能 [時間]  
A体力も気力も、まだ大丈夫 [パワー]。  
B親や家族の年齢・健康状態では、今なら緊急事態はなさそう (数年後の状
 況は不明)[環境]。  
C子供も成長して教育費負担が減って、経済に多少のゆとり。ガソリンは高い
 が (16年前の3倍)、円高も追い風 [経済]。

*旅の意義としては永年の夢を叶える
                自己満足(冥途の土産に)かな〜!


<旅の感想>
@アメリカの国土はデカイ!(さまざまな気候と地形)。 土地は余っているが、
 水がないところは利用しづらい。水の存在はとても大切。ハイウェイが無料な
 のは国力の象徴(ハイウェイの建設費は安くてすみそうだが)。
A運転者はおとなしい。  乱暴なドライバーやライダーが少ない。
Bアメリカのバイクは95%以上がハーレーダビドソン。外車(日本車や独車)
 はほとんど見かけず。HDに乗るライダーはパターンが共通で、ひげ、刺青、
 バンダナ、黒革ジャン、チャプス、中高年。
C路上で対面するバイカーの挨拶方法が日本と異なる。時計の4〜5時方向
 に少し広げた左手掌をダラリと差し出す(日本では1〜2時方向にVサインか
 左手挙手が多い)
Dガソリンスタンドの方式が地域で様々。ほとんどが3段階のオクタン価のガ
 ソリンを販売(例えば87、89、91で、価格はガロン当たり0.1〜0.15ドルの公
 差でアップ)。ガロン当たり平均4ドルだが、アメリカ中部は値段が安い。最
 大オクタン価(日本のハイオクに相当か)は西海岸91、中部92、東海岸93
 で、ガソリンスタンド系列によりその名称が異なる: ハイオクはSuper, Supr
 eme, Premium,Ultimate, Superpremium, V−Power.....(低度ガ
 ソリンはRegularかUnleadで、中等度はPlus , Silver, Specialの名称)
E州間ハイウェイの自動車の8割が長距離トラックだが、その種類が少ない
 (運転席は比較的狭い)。
F地域に特色ある土産や料理がない(せいぜいNative Americanの工芸品)。
 どこのステーキも同じ。歴史が浅いとは言え、なぜに、地方色が出ない?
G減食したが、思ったほどの体重低下なし(少食で長時間走行の毎日だが、
 あまり体は使わず)
Hアメリカの老人は元気だ(ガソリンスタンドやモーテルやツーリストインフォメ
 ーションセンターでは元気な旅人にしか出会わない状況だが)。センターで
 働く老人が多い (手弁当のボランティアとは限らぬだろうが)


<やり残したこと>
@もっと1個所の滞在時間を長くとって、牧場、カイボーイ、ガンマンなどの西
 部の歴史と文化を知りたかった(今回は急ぎの旅なので仕方なし)。
Aゆっくりコーヒーでも飲みながら 多くのハーレー・ライダーと話をしたかった
 (時間なし)。
B他種類のモーテルを経験したかった(モバイルでemail接続可能なモーテル
 が限定され、仕方なし)。
Cメモ帳(その日の出来事の記載用の備忘録)が小さすぎて、十分に記録で
 きず。

<とても役だったもの>
@ロングブーツ(寒さ知らず)、ライダーマスク(寒風よけ)、5種の手袋、カッ
 パ、レインブーツ(最後は連日雨)
A磁針(コンパス) (曇りの日は大平原では目標なし)
Bカリフォルニアとアリゾナの旧い地図 (田舎では営業時間内になかなか
 AAAに到達できず)
Cアメリカ用携帯電話

<感謝したいもの>
@バイク (GL1800: 故障もせず よく走った)
Aデジカメ(強風で5回も三脚ごと倒れたが故障せず)。DVDビデオカメラ

<不要だったもの>
@テント、シュラフ(緊急事態への保険みたいなもので、不要物とは言えないが)
A水彩画道具(絵を描く時間的余裕なし)
B水泳パンツ(泳ぐ時間的余裕なし)
C音楽CD 10枚(バイクにCDプレーヤー装着なし)

アメリカ大自然紀行


 ニューベリー・スプリングズにあるバグダッドカフェをでて、Route 66を東進。50mほど北にI-40が走り、もはやこの歴史街道は実質的に廃道の雰囲気で、路面はひび割れのまま修理されていず、ガタボコと走りにくい。数マイルおきにペイントされているRoute 66の文字も切れ切れ。すれ違う車は30分に1台ほど。

■オートマン Oatman

■テーマソング ルート66
■NHKTV映画「ルート66」

■サンタモニカ Santa Monica

★LA County

★Meteor Crater

Santamonica
Venis Beach
Marina Del Rey
Beverly Hills
Hollywood
Universal Studios Hollywood

■ニユーベリー・スプリングス Newberry Springs

■セリグマン Seligman

■ウイリアムズ Williams

 バリンジャークレーターで話しかけてきた日本人の方がいました。大阪府・高槻市在住の茶谷氏でした。茶谷氏は勤続30年で10日の特別休暇を得てゴールデンウィークと合わせて3週間を利用してアメリカ横断を思い立ったそうです。LAでホンダの大型バイクをレンタルし、単独ツーリングの最中でした。

★Route 66

 茶谷氏とは同じ日にもPetrified Forest N/Pで会いました。アリゾナのデサートの暑い気候から、アイダホやワイオミングの雪の中でツーリング・・と、よくぞ単独で・・と感心しきりです。彼の偉業に敬意を表して、その写真(茶谷氏提供)の一部を掲載します。素晴らしい・・羨ましい!!
 2008.4.24 (木)アメリカのみならず日本のドライバーやライダーの憧れの道Route 66沿いにあるドライブインレストラン・バグダッドカフェ。カリフォルニア州モハベ砂漠にあり1988年の異色の西ドイツ映画の舞台となったカフェで、多くの観光客が訪れる。ここで昼食をとり、オーナーのプルエットさんとお話ししたりして2時間も居てしまった。ベルギーから老若男女観光客、70〜80歳のハーレーライダー、”Bagdad Cafe”の刺青を太腿にしたおっちゃんら、不思議な人たちがお客。

 オウトマンの街を抜けて峠へ向かうが、対向車もハーレーばかり。これもR66だが、いくら短距離とは言え、よくぞこんな険しい山にR66を通す必然性はどこに・・・。こんなくねくね道はアメリカでは珍しい。I-40はこの岩山を避けて、大きく南に迂回している。

 アリゾナ州北西部を南北に貫くごつごつしたブラックマウンテンにある銀鉱山街でいまやゴーストタウンと聞いていた街オウトマンはハーレーで大賑わい。この広めだが300mほどしかない銀座街道のすぐ裏は岩山だ。近くのネバダ州ラフリンで今週開催されているラフリン・リバー・ランとかいう6万台集結のバイクのお祭りの一環で、この街もバイカーが集合。ひげ、刺青、バンダナ、サングラス、太っちょ、中年、ジーンズに黒革のチャプスが共通のいでたち。若者は少ない。私のGL1800も隙間をみて整列駐輪。先を急ぐので1時間しか居なかったが長時間いてカフェなんぞに入ってコーヒーでも飲みながらライダーと話をすればもっと楽しかったろう。
 アリゾナ州を北上しユタ州へ突入。”Welcome to Utar”の州境プレート。2002年のソルトレイクシティーの冬季オリンピックとアーチズ国立公園が描かれているが、スキージャンプ画はこの高温の砂漠の地には不釣合い。

 ユタ州南部のモニュメントバレーに東からアプローチ。1994年の映画フォレスト・ガンプでの大陸走破断念のシーンが重なるまっすぐな道。前回の訪問から16年ぶりにみる切れ切れのメサのビューはやはり素晴らしい。

 ユタ州北部のロッキー山脈を北上しアイダホ州に入る。旧い石造りの低い2州境柱のそばに目立つ青白の州境プレート。東にベア湖畔、西は牧場。


 アイダホ州ベア湖の北部で雪に見舞われ、ホットドリンクを求めて入ったモンペリエのファーストフード店サブウェイの店員の勧めで3時間先のジャクソンに向けて走りだしたが、降雪がひどく、ついに北上はここで断念。

 降雪回避のためにアイダホ州を南東進し、強風・零下のワイオミング州の雪のI-80を東進。ロッキー山脈で雪に閉じ込められぬようできるだけ遠くへの一心で、寒さに耐え、強風と大型トラックに抜かれるときの風圧におののきながら。寒い、怖い。

 ロッキー山脈を超え終わる寸前のワイオミング州ララミーでとうとう寒波に掴まった。4/23からの連日走行10日目の結婚記念日5/2は吹雪のためモーテルから動けず、走行ゼロマイルの完全休息日。翌朝はバイクからツララ。モーテルの風呂の熱湯をバイクの周りの凍結雪にぶっかけてなんとか脱出。


 ワイオミング州ララミーでの吹雪の翌朝は晴れ。気温も上昇し、州東部のロッキー山脈山麓の州都シャイアン。州庁舎付近に人影なしだが、少し離れた市中心部はMexican Independence Festivalで大賑わい。マリアッチ音楽のダンスに出演する娘さんたちに声をかけて1枚。笑顔が美しい。


 アメリカ横断 Motorcycle Journey

TransAmerica Motorcycle Journey

Trans America Motorcycle Journeyのこと

★アメリカ横断 MotorCycle Journey

 バージニア州南下の途中で案内板をみて誘われるままに訪れたBob White Covered Bridge。有名ではないらしく、誰もいず、アイオワ州のマジソン郡の橋に比べて、橋の内側の木壁の落書きも少ない。橋下には川が流れ、雨上がりの緑も美しく、一幅の絵を見るような風情のある橋でした。通行禁止の立て札はなく、バイクで・・・・。
 雪と寒さを避けるため、イエローストーンへの北上を諦めてアイダホ州モンペリエからワイオミング州に南下したときのワイオミング州の州境プレート。薄く雪を被った山にデビルスタワーとロデオカウボーイの絵が映えて美しい。
この旅の20日間は大きく3つに分けられます。
@西南部の砂漠地帯と山地
 刻々と変わる地形や色。写真撮影に事欠かず、時間を忘れる。
とくにアリゾナ北部からユタ南部にかけてのモニュメンントバレー
(MV)に代表される赤い崖とメサの連続。MVから離れた別の場所にも同様の風景が続く。しばしば停まるので1日の走行距離は延びないが、OK。I-40脇のルート66は車も通らず路面は補修不足だが(見捨てられた感じ)、I-40から離れると生活と密着して立派な道路。Interstate Highwayとは異なり、停車可能で景色が満喫できる。思ったところで道端に停車できるのはバイクならではのこと。

A中西部の大平原
 雪でイエローストンへの北上を断念したことからの低温と強風との戦い。1日の走行距離も長く、過酷な時(数日だけだが、印象深い)。自分自身でもよく頑張り、耐えたと思います。

B東部の雨と緑と友人訪問
 シカゴ (5/7)からワシントンDCまでの6日のうち 降雨なしの日は2日のみ。ウェストバージニアやバージニア・ノースカロライナの道の両側の雨上がりの新緑が眩しかった。懐かしい風景。多くの知人・友人邸にも泊めてもらい、話が弾みました。

 今回の一人旅は、多くの人との出会いがあり思い出多いものとなりました。. そしてとても楽しかったことが一番の印象です
 ケタ違いのスケールの大きさ・・感動の連続でした。あと数年でリタイアとなりますが、この経験はこれから先の人生に大きな影響を与えるものと思っています。

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<データ>
全行程走行は4923マイル
給油合計112.9ガロン。
35回給油。
燃費は18.4 km/g。
私が所有しているHonda CB750とほぼ同じ燃費。
優れもの!

全長/全幅/全高(mm)      2635 /945 /1525
シート高/最低地上高(mm)         740 /125
乾燥重量/総重量(kg)                421
総排気量(cm3)                   1832
最高出力          80kW[109PS]/5500rpm
最大トルク      161N・m[16.4kg・m]/4000rpm

使用車はホンダGL1800

 出会いもあったし苦しいこともあったし楽しいこともあったし、とにかく非日常の世界にドップリのアメリカ横断バイク旅行でした。本当に行ってヨカッタ!

★Petified Forest National Park

“後記”

 会社勤続30年でのリフレッシュ休暇は”夫婦で海外旅行”というのが定番らしいが、私の場合は10年前のインド貧乏一人旅に続いて、今回も海外一人旅となった。“どうしてご夫婦でのバイク旅行ではないの?”と尋ねられるが、今回はアメリカの西海岸から東海岸までを限られた期間で踏破する必要があり、朝はゆっくり起床してゆったりと食事してじっくりと名所を堪能という妻の旅行スタイルとは今回の計画案は合わないし、1週間程度の夫婦旅行は決断さえすれば別の機会にいつでも可能ということで、3週間休暇を独り占めの贅沢旅行となった。しかし、我々50歳代の者にとっては、映画イージーライダーのラストシーンの映像は鮮烈で、アメリカではバイクは走行中に射殺されうると妻は心配していたが、多額の保険を掛けることでなんとか・・・。

 レンタルしたHonda Gold Wingは排気量 1832 ccで118馬力、ヒトと荷物あわせて0.5トン以上の怪物バイク。倒れたら一人では起こせないかもしれず、立ちごけせぬよう常に慎重に。したがって、未舗装の道や路肩は走行せず。また、アメリカでは破損タイヤや野生動物の轢死体がしばしば道路上にころがっているので、夜間走行も回避。しかし、昼間でも最初の数日はe-mail対処などでの連日の睡眠不足がたたり、運転中に眠気がしばしば。対策はチュウイングガムと頻回の休憩。予定していたが行けなかった箇所は、サンタモニカ、ハリウッド、ビバリーヒルズ (CA)、イエローストーン (WY)、デビルズタワー (SD)、ラシュモア公園 (SD),フォー・コーナーズ (AZ, UT, NM, CO)、マジソン郡の他の橋 (IA)、フィールド・オブ・ドリームスの撮影場所 (IA)だが、これらは、訪問する時間的余裕なし、悪天候、悪路、方角間違いによるもの。仕方なし。

 最初のCA、NV、AZ、UT州はラフリン・フェスティヴァルのせいで数多くのハーレーに逢ったが、それ以外の州はバイクをみかけたのは1日に10数台。日本製バイクにお目にかかったのは、20日間でせいぜい計10数台(すなわち、ハーレー・ダビッドソンが圧倒的!)。寒風の5.1はさすがにバイクにはお目にかかれず、雪空下にバイク旅行している私に対して、ララミーのモーテルで ”You are brave or stupid”と言われたのが印象的。強風下のI-80を70 mile/hrで走行中に大型トレーラーに抜かれる時は、”すぐ脇は死の世界”という感じで、”生きていること”を痛感しつつ走り続けた1日だった。ネズミトリには全く出くわさず、白布を挟んだ故障車とヒッチハイカーに出くわしたのはそれぞれ1回のみで(16年前はしばしば見かけた)、時代が少し変わったのだろうね。飲酒・麻薬検問1回 (AZ)、道路脇に停車して地図を見るのは危険だとのパトカーからの注意1回 (UT)、酔っぱらいからの煙草ねだり (WV)、ガソリンスタンドでの金の無心 (MD)などはあったが、人的に危険な状況はなし。立ちごけ・事故・怪我・病気もなく、モーテル14泊を含む20泊で無事に4923マイル走破。60歳近くでアメリカ大陸を女性だけで横断したライダーHKさんの言うごとく、まさに“走り出せば日本もアメリカも同じ”で、大陸横断と言っても日々の走りの積み重ねにしか過ぎず、1週間での横断は非常にキツイが、2〜3週間の時間とそこそこのお金と勇気があれば誰でも横断できますね。今回の旅は人生で最初で最後のジャーニーと思っていましたが、帰国してから日がたつと、また行きたくなってきましたよ。Ride Free!

★Sedona

★Jerome

★Mariposa Glove

★Yosemite

★Yosemite Rock Climbing

★Cars

★Others