参考文献:1993年 浦安市教育委員会発行「浦安のベカ舟」
大工道具の写真は浦安市郷土博物館より借用

 <木挽きの話し>
 木は丸太のまま来るため、これを木挽きと呼ばれる人に挽いてもらっていました。戦前浦安には南行徳の米川氏(昭和30年頃で60歳くらいだった)という人が来ていました。ほかに竹井氏・葛西の中村氏という木挽きもいました。また戦後は滝田氏という木挽きもいました。

 木挽きの話しは別に述べますが、下の写真は1999年11月に伐採した杉を只一人の現役木挽きの「林」さんに挽いてもらっているところです。
 <鋸鍛冶の話し>
 房総の江見(鴨川市)に中屋雄造という鋸鍛冶屋があります。
雄造はもとは船大工専門の鋸鍛冶であったが、現在は家大工の鋸も作っているそうです。
 房総には船大工専門の鋸鍛冶が数軒ありました。舘山に中屋嘉助
という鍛冶屋があり、これが頂点で一番古いそうです。
 嘉助の弟子が房総の各地に散らばり、雄造、クマゾウ(和田町)など、
そのほか何軒かが独立したと云います。昔から房総の鋸は有名で、以前八丁堀の直平で取り扱う船大工用の鋸のほとんどが房総製であったと云います。

 房総の鋸は使いやすく、刃持ちがよいと云われてきました。
 以前から値段は高かったが、現在でも高く、中屋雄造作のマワシビキなどは3〜4方円もするそうです。
 また鋸は年に1〜2回ほど船大工のところへ業者が売りに来ることもありました。ほかに、砥石売り、ヤスリ売り、マキハダ売りなどもやって来たと云います。

 

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浦安舟大工技術保存会 P10 

 <ツバノミ鍛冶の話し>
 関東近辺の船大工のツバノミは深川の方にいた屋号「丸十」というツバノミ鍛冶(岩本氏)が作っていました。クギシメも各種のものを丸十で作っていました。直平では現在ヤトコを作る際、見本を出してほかの鍛冶屋に作らせているが、以前は丸十に頼んでいました。
 ツバノミは曲がってもいけないし折れてもいけないと云います。弾力も持たせなけれぱならず、普通の焼き入れではだめで専門の鍛冶屋でないとコツがわからなかったと云います。丸十のほか、房州白浜・茂原・佐原にもツバノミ鍛冶がおり、丸十がやめた後に作ってもらっていました。ツバノミも船大工のところへ売りに来ることがあったと云います。

 <山師の話し>
 山師とは材木の仲介をする、山歩きしている山専門の材木業者です。山師の下にそれぞれの土地の情報屋がいて、「どこどこで娘が結婚するので木を売りそうだ」などという情報を山師が集めて、船大工のところへ持ってきました。船大工同士、よい材料を使用するのが競争であったため、船大工によって取引する山師は異なっていました。
 宇田川信治氏は主に船橋市の石崎氏に頼み、ジボクと呼ぶ千葉県内のスギの木を多く購入した。石崎氏のところからは、よい材料がたくさん来たと云います。植草造船では、木は主に群馬県の高崎の方から購入したため、山師は高崎の人が多かったそうです。

 上の写真はツバノミの一種で「ベカツバ」と云い、ベカ舟製作時に使用されます。

 上の写真は鋸の一種で「ガガリ」と云い、縦びきの鋸で大きな材料を木目にそって切る時に使用されます。

 舟大工道具の話しは別途ご案内します。