多摩川のベカ舟です。

浦安舟大工技術保存会 P16 

く利根川水系のベカ舟>
 利根川水系でベカと呼ばれる舟に幾つかあり、亨和2年(1802)の『川船鑑』という書物には部賀船 上口凡 長四丈四、五尺横八、九尺 巴波川・思川・渡良瀬川通二有之」と記されています。米を約50俵ほど積むやや小型の船です。また思川の乙女河岸(現在の栃木県小山市)の上流にカミカワベカと呼ばれるものがありました。
 さらに渡良瀬川の高取河岸では高瀬船に2種類あり、小さい船をベカと呼び、長さ6〜7間(11〜12メートル)、幅7〜8尺(2〜2.4メートル)の船であったと云います。

<栃木ベカ>
 大正時代末期頃まで東京市中の河川に栃木ベカという運搬船があり、最大のものは長さ52尺(約15メートル)、幅10尺、積量10トンで、主として栃木県の鹿沼周辺の建具を積みました。極めて浅い河川湖沼を航行するのに便利な船であったようです。

く多摩川のベカ舟>
 多摩川の砂利採取船にもベカと呼ぱれるものがありました。長さ10間、幅10尺、深さ1尺1〜2寸ほどの底の浅い平船で、砂利採取の最盛期であった大正時代には700〜800隻が川を上下しました。
 多摩川流域の船大工が作り、値段は明治30年代で1隻200円、昭和初期で500円したとの記録があります。

<三浦半島のベカ舟>
 神奈川県三浦市金田では長さ4メートル5センチ、肩幅1メートル5センチのサンメッパギという小船をベカとも呼んでいます。この船は一枚棚構造となってます。また三浦市長井では海苔採り船をベカと呼んでいます。

<相模川のベカ舟>
 相模川河口付近でもベカと呼ぱれる舟がありました。この舟は海・川兼用の小型船で、長さ2間(約3.6メートル)トモの幅は5尺くらい、櫓と棹を使って舟を操ります。ゴロビキ網をかけるときに使用し、ほかに客網の遊船にも使われたようです。

<その他の地域のベカ舟>
 その他の地域で確認できたものを幾つかあげておきます。
・日本海側のベカ舟日本海側の石川県と福井県にもベカと呼ばれる船が広く分布していたと云います。石川県小松市安宅に1艘、福井県板井郡北潟に若干残っていたものが確認されています。
・新潟県魚野川流域信濃川の支流である新潟県の魚野川では、通船用渡し船をベカと呼んでいました。
・愛知県渥美郡赤羽根町1人漕ぎの小船のことをベカと呼んでいます。
・三重県北牟婁郡尾鷲町(現尾鷲市)船底の広い川船の一種をベカと呼んでいます。
・三重県北牟婁郡須賀利村(現尾鷲市)当地にもベカと呼ばれる船がありました。
Bベカ舟の分布
 ベカと呼ばれる舟の分布はかなり広範囲にわたり、各地で様々なベカ舟が存在していたようです。以下にそれを紹介します。

く東京湾のベカ舟>
 東京湾内のベカ舟は海苔採り船として知られています。ただし聞き取りによると地域ごとに形が異なるといい、また同じ地域でも船大工によって形が違うともいわれています。名称もベカ舟のほか、ノリトリブネ(海苔採り船)、テンマ(伝馬)、ノリトリテンマ・ノリトリデンマ(海苔採り伝馬)などと呼ぶ地域があります。
 昭和42年刊行の『東京湾の漁撈と人生』(千葉県教育委員会編)に記されているベカ舟をまとめてみると以下のようになります。
・浦安町(現浦安市)
  名称 ベカブネノリトリブネ  寸法肩幅2尺8寸、長さ10尺
・船橋市湊町
  名称 ベカ  寸法肩幅3尺
・市原市八幡
  名称 ノリトリブネ   寸法肩幅3尺
・市原市今津朝山1
  名称 ノリトリブネ   寸法肩幅3尺
・木更津市桜井
  名称 ノリトリブネ   寸法肩幅3尺
・君津市人見
  名称 ノリトリデンマ  寸法肩幅3尺くらい
・富津町(現富津市)
  名称 ノリトリブネ   寸法肩幅3尺
・大田区
  名称 ベカ・テンマ・ノリトリテンマ  寸法肩幅2尺5寸、長さ15尺

 神奈川県川崎市大師河原では、幅の最も広い部分が1尺8寸から2尺1寸ほど、普通の長さが2間3尺の船をベカと呼んでいたようです。
 大師川原の海は遠浅なため船体が浅く出来ており、大師の海には大師で作ったベカが最も使い易く、千葉のベカ舟は深くて揺れると云われました。
また同じ大師河原でも、観音川地区と田町地区ではベカ舟の形は違っていたと云います。
 ほかに神奈川県側では横浜市神奈川区子安、横浜市金沢区柴、横須賀市走水でベカ舟の報告があります。

参考文献:1993年 浦安市教育委員会発行「浦安のベカ舟」

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