もうひとつの浦安物語 P14

 

■海面埋立事業について
 昭和40年(造成事業着手)から55年(同完了)に至る浦安の海面埋立事業の紹介です。

昭和30年代に入ると江戸川上流部で工場汚水放流事件が起こるなど東京湾沿岸の瀞或汚染が進み、浦安の漁業は衰退しはじめましたた。

 このような転換期に昭和32年頃に日本プラスチック社から浦安町に対し、海面の一部を埋め立て、東洋一の遊園地を作りたいという申し出があったことなどから、町では議会、漁業協同組合ともども海面埋め立てについて協議を進め、昭和34年千葉県に対し大規模遊園地建設を主とした埋立事業の促進を要望しました。

 海面埋立事業における土地利用については、浦安地区が国の首都圏整備の観点から工業用地としての利用を規制される傾向にあったため、「住宅地の造成」、「大規模遊園地の誘致」、「鉄鋼流通基地の形成」の3点を基本方針とし、千葉県事業として海面埋立事業が実施されることになりました。

 昭和37年に漁業権の一部放棄が決定され、40年から第1期の埋立土地造成事業が始まり、50年に埋め立てが完了。また、46年には漁業権の全面放棄がなされ、翌47年から第2期海面埋立土地造成事業が始まり、55年に埋め立てが完了、これにより、行政面積はかつての4.4平方キロメートルから4倍近い16.98平方キロメートルに広がりました。

■鉄鋼団地について
 ところで今やアーバンリゾートとしての浦安が、何故「鉄鋼団地」を抱えているのか?との疑問がありますが、前述したような埋め立ての基本方針に組み込まれていたのです。

 正式名称は「浦安鉄鋼団地」です。もともと鉄鋼団地づくりの発端は昭和36年に警視庁が臨時措置として打ち出した車種別交通規制(大型トラックの昼間運行禁止指令)で、この規制の対応策として墨田区を中心とした都内の鉄鋼材販売業者が発表されたばかりの千葉県の浦安埋立事業に着目し、「東鉄連浦安鉄鋼団地共同組合」(現、浦安鉄鋼団地協同組合)を組織して県と交渉を重ねて実現したものです。

 その名も「鉄鋼通り」という地名の団地内は、碁盤の目に区画整理され、用途に応じて鋼材の加工(カットや溶接)が行われています。また、団地内の見明川河口には200〜1000トン級船舶が接岸できる鉄鋼団地独自の専用岸壁もあります。

 何故、リゾートに近いところに無粋な鉄鋼団地が?・・と思いますがこうした歴史的な背景があったのです。ですが最近ちょっと変わった動きがありまして、団地敷地内に大型スパとかホテルが営業をはじめています。これだけ立地条件のよい場所が今後どのように変化していきましょうか。

ブルー:浦安鉄鋼団地

浦安市発行「うらやす事典」より転載

ピンク:ディズニーリゾート

■第一期埋立事業
■第二期埋立事業
昭和 37年 7月 漁業権一部放棄
38年 2月 埋立免許申請
39年 1月 埋立免許
40年 9月 埋立工事着工(A・B地区)
42年 8月 埋立免許変更申請
43年 5月 埋立免許変更許可
埋立工事着工(C地区)
埋立竣工許可
(B地区C地区第一工区)
46年 5月    〃   (A地区)
50年 11月    〃   (C地区第二工区)
昭和 46年 7月 漁業権全面放棄
46年 10月 埋立免許申請
47年 11月 埋立免許
47年 12月 埋立工事着工(D・Ea・Eb・Fa・Fb地区)
48年 1月 埋立免許変更申請
50年 2月 埋立工事着工(D2・E2地区)
50年 9月 埋立免許変更許可
53年 8月 埋立竣工許可(D・D2地区)
54年 8月 埋立竣工許可(Eb・Fa地区)
55年 1月 埋立竣工許可(Ea・E2地区)
55年 12月 埋立竣工許可(Fb地区)
A地区 218ha D地区 242ha
B地区 305ha E地区 221ha
C地区 350ha F地区 100ha
埋立計 1,436ha