そのディズニーリゾートの沿革について述べてみます。
 ディズニーランドの誕生については昭和34年までさかのぼります。この年の8月の町議会で、大型遊園地誘致の決議がなされました。
 かつてはディズニーランドの立地しているこの地区は「大三角」と呼ばれ、海水と真水の入り交じった汽水域で、豊富な魚介類が採れる広大な洲でした。しかし東京湾の水質汚濁等により、漁業は転換期にありました。後述しますが、昭和33年に大きな紛争事件があった背景もあります。

 こうした状況を踏まえ町では町議・各界代表者による「総合開発審議会」をもうけ、種々検討した結果海面を埋め立てて大型遊園地や公害のない企業等の誘致と、住宅地を整備する方針を立てました。
 この話しは昭和34年、日本プラスチック株式会社を経営する藤生実太郎氏から、町に対して同社が購入した土地を埋め立て、東洋一の大遊園地を建設したいので是非協力をお願いしたい・・、との要請で一気に具体化へ向かったのでした。
 その後昭和37年3月に漁業権の一部放棄が決定され、遊園地・住宅地・鉄鋼流通基地の三つの柱をベースとした、公有水面埋立事業がスタートし東京ディズニーランド建設へ向けて大きな一歩を踏み出したのです。

もうひとつの浦安物語 P2

 

夏休みに入って混んでいます。

JR京葉線舞浜駅

ディズニーランドゲート

会社設立から東京ディズニーシーのオープンまでの経緯を紹介しましょう。

◆37年7月    
 千葉県と「浦安地区土地造成事業及び分譲に関する協定」を締結し  ました。
◆39年9月    
 浦安沖の海面埋立造成工事を開始しました。
◆45年3月    
 千葉県から埋立地(レジャー施設用地及び住宅用地)の分譲が開
 始されました。
◆47年12月  
 千葉県から分譲を受けた埋立地(住宅用地)の販売を開始しました。
◆49年      
 米ウォルト・ディズニー・プロダクションズの首脳が来日し、日本各地
 の候補地を現地視察した結果浦安に決定。
◆50年11月  
 浦安沖の海面埋立造成工事を完了しました。
◆54年3月    
 浦安町美浜地区(現浦安市美浜)にショッピングセンター「ユニモー
 ル」を開設し、商業施設の賃貸事業に進出しました。
◆同年4月    
 米国法人ウォルト・ディズニー・プロダクションズ(現ディズニー・エン
 タプライゼズ・インク)との間にテーマパーク「東京ディズニーランド」
 のライセンス、設計、建設及び運営に関する業務提携の契約を締結
 しました。
◆同年11月   
 浦安町富岡地区(現浦安市富岡)にショッピングセンター「パークス
 クエア」を開設し、商業施設の賃貸事業を拡充しました。
◆55年12月   
 浦安町舞浜地区(現浦安市舞浜)において「東京ディズニーランド」
 の建設に着工しました。
◆58年4月    
 「東京ディズニーランド」を開園しました。
◆平成6年6月に100%出資による子会社「株式会社舞浜リゾートホテ
 ルズ」を設立しました。
◆同年12月、東京証券取引所市場第一部に株式を上場しました。
◆12年7月  「イクスピアリ」及び「ディズニーアンバサダーホテル」を
 開業しました。
◆13年9月に「東京ディズニーシー」の開園と、「東京ディズニーシー・
 ホテルミラコスタ」を開業しました。


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JR舞浜駅(カーソルで360度回転可能です)