My Dialy

2006.4.16(日)

の日記です。

 

私は55歳で早期退職し、その翌日からパソコン日記をつけています。FMProで作成したデータベース式の日記です。これって便利ですし、新規をクリックすると日付の入った本日用の新しいページが開きます。
 子供のころ日記をつけた記憶がありますが、退職後約8年以上欠かさず続けています。感心感心!!
 このページは時折のTpicsをお届けします。

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GWは名古屋〜高山〜白馬に行ってきました。

 《飛水峡》

 名古屋から高山方面には41号線を利用します。高速道路も早くていいのですが、眺めを見、あちこち散策しながらのドライブも格別です。
この41号線は飛騨川に沿って走ります。この飛騨川は飛騨山脈の乗鞍岳南麓に発し
西流し高山市久々野で南流に転じます。飛騨川の中でもダイナミックな景観で知られている飛水峡は、七宗町から白川町までの約12kmの総称です。両岸の珍しい形の岩々に、四季折々の渓谷美が重なり、神秘さ漂う自然の博物館となっています。

 七宗町から白川町の飛騨川沿い約12kmの渓谷。古い時代の地層が隆起し見事な渓谷美が楽しめます。右の写真はその飛水峡の向こうを高山本線の特急が走っているのが見えます。またとないシャッターチャンスでした。

 ところでこの上流数kmの白川町内で観光バス2台が、集中豪雨による土石流にのまれて
飛騨川へ転落した事故を覚えておいででしょうか?。104人の生命が奪われた大きな事故でした。昭和43年8月18日午前2時11分、加茂郡白川町地内の国道41号での出来事なんです。荒れ狂う飛騨川に転落したのは、乗鞍岳の観光登山に向かい、豪雨のため登山を断念して引き返す途中の観光バス2台でした。
 折から県内(奥美濃)は時間雨量149ミリという、岐阜地方気象台始まって以来の集中豪雨。この豪雨で待避していたバス2台が、土石流で飛騨川へ押し流されたのです。転落したバスからは、わずか3人が奇跡的に助かったと云います。一か所のバス事故で104人もの犠牲者が出たのは史上初めてのことであり、きわめて悲惨な事故となりました。
今は慰霊碑が建てられ、犠牲者の霊を弔っています。

2006.4.30(日)〜5.7(日)

《臥竜桜》

「臥竜梅」ってお聞きになったことがありますか?
三重県度会郡御薗村の長法寺、水戸弘道館等々見ることができるようです。
いずれも梅の木の幹の形がねそべった龍に似ているから・・その姿が竜が地を這っている姿に見えることから臥竜梅と呼ばれています。

 ところで「臥竜桜」ってあるんですね!岐阜には3大桜と云って「根尾村の薄墨桜」「御母衣湖畔の荘川桜」そして「宮村の臥竜桜」という桜の名木があります。
その宮村の臥竜桜」を5月2日に観桜してきました。
 市町村合併で宮村から一宮町になりましたが、JR高山本線の「ひだいちのみや」の駅前の公園に咲いています。

 樹種は「江戸彼岸桜」で樹高は20m、目通り6.84mです。樹齢は一千余年と云われ岐阜県下で薄墨桜に次ぐ第2位の古木なんです。昭和48年5月26日に国の天然記念物に指定されました。
この「ひだいちのみや」駅の近辺には多くの桜が咲いていました。5/30に名古屋から高山に向かいましたが、下呂温泉のあたりでは満開の時期が過ぎて散り始めていましたが、宮峠から高山にかけてはちょうど満開でした。
 今年は伊豆高原で満開の桜を、浦安での満開桜、そして高山での満開桜を
観桜することが出来ました。ちょうどTVで盛岡の満開を報じていましたので高山近辺の気候と合致するのでしょうか?      

《飛騨一ノ宮水無神社の例大祭》    

 当日はちょうど飛騨一ノ宮水無神社の二日間の例大祭の真最中でした。
 5月1日の試楽祭と5月2日の本楽祭があります。この日の本楽祭では神社から御旅所まで例祭行列が行われており、その行列に遭遇しました。
 水無神社は飛騨国の一宮としてその歴史は古く、すでに延喜式に記されているようです。古来より飛騨人の心の拠り所として、今に残る様々な歴史遺産を語り継いでいます。

 行列の先頭では火縄銃二丁で交互に祝砲?を放っており、その轟音にびっくりしました。全体で二百人位の行列で、神輿を担いだりお囃子が賑やかにはやし立てたり、結構な行列でした。そおそお、高歯一本の天狗が堂々とその威光を示しながら行列していました。この日は朝日町の鈴掛高原から降りてきましたが、途中の村落でも例大祭の行列に会いました。この時期は神社の例祭が多いようです。

《村の鎮守様》
今は市町村合併で高山市に併合しましたが、その高山市に国府町があります。この国府町には鎮守様がいくつもあります。その一つ「広瀬神社」の例大祭がありました。氏子総数約400世帯だそうです。
 まず、太鼓と鉦を鳴らして2隊に分かれて町内を回ります。それが帰ってくるとやしろ内で神事が始まります。中学生の女子が巫女さんになって神事のお手伝いをします。皆さんきれいにお化粧して・・それは可愛いものです。
 そしてその神事が終わると無形文化財指定の「金蔵獅子」の舞の披露です。これが素晴らしい獅子舞です。


 広瀬神社の氏神祭典の際行われる「金蔵獅子」はその昔この神社に奉仕していた僧侶が田楽の舞を挙行していた遺風を取り入れ、これを「金蔵獅子」として演ずるとなったと云われています。
 この「金蔵獅子」は他の獅子舞とは異なり、全く古典的で太古の飛騨国の住民が狩猟を主として生活していたころ、獰猛な獅子を退治し国土の安穏を図るため、勇気溌剌たる男神と、媚容嬌態の女神と相まって随所に悲劇活劇を演出します。
 「金蔵獅子」は他の神社でも演じられるそうですが、広瀬神社では元祖「金蔵獅子」としての独特の舞が伝えられているそうです。
 演じのは氏子の中から18歳〜27歳の男子です。先輩から後輩へと踊り伝えられるそうです。彼らは一杯やりながら舞うので、終盤にはヘロヘロになりながらも最後まで演じ続けます。終了時には拍手大喝采となり感動ものです。



 広瀬神社の氏神祭典の際行われる「金蔵獅子」


 春爛漫の広瀬神社


同じ桜の木から色違いの花が咲いています。


残雪の中で桜が咲いています。
      (糸魚川 明星岳)


白馬村の「座禅草」です。


 2泊した白馬の「花のホテル 白馬」です。なんでも長野オリンピック開催時の皇太子殿下の宿泊のために建てられたホテルだそうです。こじんまりして、綺麗で、従業員は親切で・・、とても良いホテルでした。   (画質がちょっと悪くてスミマせん)

GWの名古屋〜高山〜白馬