「堀江水準標石」(浦安市堀江4丁目の清瀧神社内)が、社団法人土木学会が選ぶ土木遺産に認定されました。
 ちょっと見には四角い「ただの石」のように見えます。地っ子の古老に聞いても「そんなの知らなかっただよっ!」って一蹴されるような「石」です。

 ごく一部の土木関係者が知る程度の存在だったのですが、国交省などの調査で国内最古の水準標石の一つということが判明し、日本の近代測量の出発点と位置づけられる「歴史的土木構造物」として評価されました。

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浦安水準標石について


「ただの石」実は近代測量の出発点だった。

 130年以上たった現在でも、江戸川と利根川の水位を測る際に用いられています。このYPは現在の標高の基準となっている東京湾中等潮位TPより0.8402m低くなっています。

 もっとも、浦安市内には標石に関する資料はほとんど残されていないようです。神社に設置されながら宮司や氏子たちも「ただの石」程度にしか思わなかったと云います。
 一方、リンドは同時期に銚子市の飯沼観音内にも、当時の日本の水位基準となった「飯沼水準原標石」を設置。同市などにより案内板やさくが設置され、立派な観光名所として紹介されているそうです。

 これを受けて浦安市でも「きちんとした位置づけを」との声が高まり、国交省とともに調査を開始。リンドの日記を翻訳するなどして事実関係を確認し、歴史的・学術的価値が高いと判断しました。

写真のように案内板を設置して広く知らせるようにしました。
12月10日に、オランダ大使館の関係者らを招いた認定式が、市内で開かれました。

 皆さんも一度是非お訪ね下さい。


                      *参考 朝日新聞

 

土木遺産は、歴史的土木構造物への理解を呼びかけようと、2000年に同学会が設立しました。
 県内で6件目の認定となる堀江水準標石の大きさは、47ab四方(写真参照)。近くに江戸川が流れる清瀧神杜の境内に、地表から高さ3aほど姿を見せた状態で埋設されています。
 明治政府は1872(明治5)年に、江戸川と利根川の管理や港湾整備のため、オランダから技師団を招待しました。その1人だった若手技師リンド
が、治水計画の第一歩として両河川の水位測定に着手。その基点として、堀江水準標石が設置されました。
リンドはこの標石の表面の高さを0bとして、水位を示す「堀江水位尺(YP)」を定めました。

 清瀧神社境内の龍神社のそばに設置されています。
今はこのように整備されています。
右の四角い石がそうです。
これがね〜、土木遺産とは・・

 このリンドですが、イザーク・アンル・リンドと云い、オランダから招いた技師の一人でした。彼は河川計画を作成するため、江戸川河口の堀江から利根川河口まで水準測量を行いました。そして堀江水位標に近い「清瀧神社」と、飯沼水位標に近い「飯沼観音」の境内に水準標石を設置しました。
 
 そして今回日蘭通商400年をして、オランダと日本の共同企画として、境川西水門堀江側ロバにイザーク・アンネ・リンド技師功績記念碑を設置しました。
 この記念碑はオランダ政府から寄贈されもので、去る09年10月1日に除幕式が執り行われました。